內容簡介
內容簡介 日本人の「いのち」は死後どこへ行くのか。 汎神論と習合思想の土壌に醸成された 独自の世界像を『記紀』『万葉』から探る「たましい」の 精神史。わがみちを どこまでいけども はてしなく とほうにくれて みちなきみちをゆく (東二)「いのち」は生と死の両極を含み持つ言葉である。たとえば、『万葉集』に見られる「いのち」にかかる枕詞は「たまきはる」であるが、それは、「魂・来・経る(膨る・張る)」、すなわち「魂が来訪して膨らみ経ていくもの」の意味で、魂の来訪と通過を核として成立している。とすれば、「いのち」の中には「たま(たましい)」をも含んでいるということになるだろう。そのような日本人の「いのち」観に基づきながら、「環境・生命・倫理」について神道の立場から考えてみたい。(本文より)********【目次】序章 安部公房と三島由紀夫の比較から始める補記 梅原猛の三島由紀夫論第一章 「霊」あるいは「霊性」の宗教思想史第二章 うたといのりと聖地の死生観第三章 いのちをめぐる東西の自然理解と死生観――環境・生命・倫理~神道の立場から第四章 モノと霊性――ものづくりからもののあはれまで終章 言霊と神道――草木言語から人間言語・地域言語への射程初出一覧参考文献あとがき――出雲系死生観補記 出雲魂ルネサンス